恵那山が美しくあるために
「なんやこれ!このゴミ、ゴミ、ゴミ」
散歩で歩んだ道が、ゴミの残骸街道と化していた。その道は、国道257号線。中津川の観光名所『国指定史跡 苗木城跡』へと続く。岐阜ナンバーにまじり関西関東方面の車両も目にする。数多の『人の眼』が往来する主要幹線だ。間違いなく、このゴミが『人の眼』に晒されている。それも、恵那山の麓の町で。酷い光景にいたたまれない気持ちになった。
坂本 鉄。六十五歳。五年前、サラーリマンの象徴とでもいうべき背広を脱いだ。職を辞したのだ。そして、約四十年ぶりに実家のある中津川で暮らし始めた。体力、気力、意欲全てに漲る余力を残していた。
彼は現役最後の五年間、年商二十億の会社で社長を務めていた。そこは弁当の製造と配達を行う会社。約百人の従業員が働いていた。製造の心臓部である工場は、築四十年。随所にほころびが顕在化していた。ボロボロな状態を一掃し清潔な弁当製造工場とするには、工場内外に残渣、ゴミ、ホコリ一つない『美しい環境』を作り出す他になかった。そして、その『美しい環境』を百人の従業員らと共に作り上げてきた。
暮らし始めた中津川。余力を社会貢献に使いたいと考えていた。だが、人とのつながりでは疎い地だった。だから一人でも出来る社会貢献を模索していた。もやもやとする日々。そんな日のある日、散歩に出た。その際、坂本の双眸が捉えたのがゴミの散乱だった。耳に届いたゴミの悲泣。惨状に眼を覆った。その翌日、早くも『美しい環境』作りを始めた坂本の姿があった。それは、至極簡単なこと。ゴミ拾い。「俺がこの地の社長になって美しくしてやる」その決意は社長時代の遺産。手にしたのは二つ。掴み道具と『GU』のロゴ入り袋。それをゴミ回収袋に転用した。『GU』。『ゴミ請負人』。洒落をきかせた。
初日から大漁に沸いた。恵那山を臨む散歩コースは約四キロ。遠目に『国指定史跡 苗木城跡』。沿道には、あるある。プラスチックボトルに空罐。大手コンビニのビニール袋に有名バーガー店の包装紙。「ここはゴミの百貨店か」。翌日も同様に大漁。その翌日にはゴミ回収用の袋が二つになり両の掌は忙しくなった。
「参ったな」。その大漁は喜ぶ有様ではなかった。流石の坂本もため息をつき、一呼吸おき考えた。
ハッ!と閃いた。『美しい環境』作りは決して楽な作業ではない。だが、それを癒してくれていたのは、ロックミュージック。だから、その音楽文化に着想を得て自身の活動に銘打った。それは、『転がる石(ロウリング・ストーン)のごみ拾い』。何にでも名称をつける坂本の造語癖だ。名付けてみると、作った仏に魂が入った心もちとなり気合が漲った。冬から始めたゴミ拾い。やがて春になり、夏そして秋が巡り最初の一年を終えた。回収したゴミは、帰宅後、分別ルールに従い指定ゴミ袋に入れて処分する。時に処分できないものに遭遇した事もある。自動車の自賠責保険証に未開封の納税通知書がそれだ。いずれも個人を特定出来るものだった。きちんと警察に届け出た。
周囲を巻き込んで楽しくやる。これも坂本のスタイル、ロックン・ロールなやり方だった。現役時代、そんな破天荒な生き方に賛同した若い社員が後に続いた。二年が経過し令和六年を迎えた。恵那山の麓のこの地を美しくするため、今日も坂本は凛としたいでたちでゴミ拾いに出掛ける。たった一人で。その坂本にどこからか声が届いた。「あなたの気持ちがぶれなければ、一人だってかまやしないでしょ」声を辿り視線を向けた。視線の彼方。そこには恵那山が聳えていた。坂本をみつめる怜悧な存在。
「一人じゃない!」勢いづいた。
ゴミを拾いながら坂本は思った。それは、ゴミが汚いのではなく、ゴミを拾い集めない心がきたない。ゴミはその存在で、もともとはそこが『美しい環境』であったという事を証明している。坂本は、汚いという言葉で一刀両断されてしまうゴミを庇ったのだ。
三回目の春が巡ってきた。昨年のあの老人が坂本に声をかけるだろう。「坂本さん、今日も山菜採りですか」そんな時は頬笑んでその期待をのみ込むことに決めている。
坂本のゴミ拾いは広大無辺な銀河の中で、胡麻粒にも満たない。ちっぽけな点だ。それでもいい。坂本は、彼方から届いた慈しみあふれる言葉を胸に秘め、もう一人の存在、恵那山と共に今日もゴミ拾い散歩に出かける。
恵那山のふもとからの寄稿」は恵那、中津川に移住定住して下さった人々のなりわいに感謝したい、応援したいという想いがあります。また、ここで産まれた人々、今は他の土地に根差し活躍している人々の紹介。このまちでこれからこんなことしていきたい!応援して欲しい!熱いおもいを伝える人々の場所としたいとスタートしました。 そんな私たちも応援して頂いています。この循環が大きくなってこの土地が豊かになりますように。次のクールの支援も始めました。シェアして頂けたら嬉しいです。
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