苗木遠山家 17代当主 遠山友博
高森山に苗木城が築かれたのは、およそ五百年前のことと伝わります。
戦国時代の幕開けとなる一五二六年、木曽川北側を本拠とした遠山家の一族が福岡広恵寺から移り、この山に石を積み、城を構え
ました。
遠山家の始まりはさらに遡り、源頼朝の宿老の一人 加藤次景廉が賜った領地、恵那郡遠山庄岩村にその長男 加藤景朝が地頭
として移り住んだことにあります。
以来八百年。苗木に城が築かれるまで三百年、それから現代に至るまで五百年。
この悠久の時の中で、遠山家はこの地と縁を結び続けてきました。
私がこの家に生まれたのは四十六年前。
両親は「この名前に誇りを持って生きなさい」と教えてくれました。
けれども現代において、“殿様の跡取り”であることにどんな意味があるのか。若いころの私は、その答えを長く見いだせずにいまし
た。
「名を先に語るな、賞賛されたのちにさすがはあの家のものだ、という生き方をしなさい」
遠山家と縁の無い千葉の地で育ち、まわりはウチの歴史のことなぞ誰も知らない。 奥手な性格であった私は、「誇りを持て」と「名
を語るな」の狭間でいかに生きるのか、その点で大人になるまで悩み続けておりました。
幸い歴史を知ることは大好物でしたので、なにをもって家の誇りと考えられるのか、という土台は育まれておりました。
家としての大きな転機が訪れたのは、私が大学生の頃。
事業に行き詰まった父は、「他人に迷惑をかけてはならない」との信念のもと、遠山家由来のものを含む財産を投げ打って奔走して
いました。祖母の葬儀にも帰れぬほどに忙しく、焦燥の中で見る度にやせ細っていく姿を、当時助けにならないもどかしさとともに遠く
から見守るしかありませんでした。
しかし結果として、多くの方々にご迷惑をおかけすることになってしまいました。
それでも父は、最後に残った苗木の御屋敷だけは何としても無様な形で人手に渡らせてはならない——それが遠山家の名を継いだ
者としてのさいごの意地だったのだと思います。
時代が変わっても、「家を受け継ぐとは何か」「伝えていくとはどういうことか」という問いは、いまも私の中にあります。
十六年前、私に子ができたとき自分はこの子に何を引き継げるのか——そう考えました。苗木には父の代からの課題が数多く残され
てたままでした。
私がこのまま一般企業の一社員として日々を過ごすだけでは、地元苗木との縁が薄れていくばかり。私が動かない限り苗木におけ
る遠山家は消滅してしまう。
それでは先祖に申し訳が立たない。 そう思ったのです。
「遠山家のものとしてあるべき姿とは何か」。
たどり着いた答えは、「名を語る」ことではなく、「名を名乗る」ことでした。
父は当時健在でしたが、旧華族家子孫の会に代替わりの当主として入会させて頂き、その会員の方々と交流しながら現代における
当主の在り方を学びました。
一方で苗木では、「遠山家の事は私が表に立って担う」、と宣言し、一年に二度ほどの頻度ではありましたが千葉から足を運びまし
た。お墓を守り、御屋敷を維持しそれを未来へどうつなぐかを考える。 その合間には多くの方々が耳を傾けてくださり、助言を頂きな
がら道を探していました。
それから年月を経て、御屋敷は志ある方。NPO法人ゑなの方々に託すことができ、次の時代へと続く道筋が見えたことを、いま心か
ら感謝しています。
五百年という時の重みは、過去を振り返るためだけの節目ではありません。
むしろ「次の百年をどう積み上げていくか」という問いを、改めて私たちに投げかけているように感じます。
苗木城の天守でも、御屋敷でも、御霊舎でも、この土地全ての風の中に先人たちの息づかいが聞こえるようです。
その風を未来へと渡すこと。 それこそが、今を生きる者の責任だと思います。
遠山の名を持つ者として、名を語るのではなく、名を生きる。
この苗木の地で、遠山家のあるべき姿を模索しながら、これからも関わり続けていきたいと思っています。
ゑなの結とは
私たちは恵那山のふもとでフリーペーパーを発行している任意団体です。本当の意味で“誰一人取り残されない”のは季節の移り変わりではないでしょうか。また美しい自然から、地域の強みや魅力を教えられているのは、私たちだとも感じています。 心を豊かにするこの地域のひとときを二十四節氣とともに発信。そしてこの地のスタートアップから、インタビューや寄稿を通したコンテンツは、恵那山の頂きより「ヤッホー!」と叫ぶように、多くの人々に届いたらいいなと思っています。
We are a voluntary organization that publishes free papers at the foot of Mt. Ena. Isn't it the change of seasons that truly means that no one is left behind? I also feel that we are the ones who are taught the strengths and charms of the region by the beautiful nature. We will transmit a moment of this region that enriches the mind with 24 seasons. And I hope that the content through interviews and contributions from startups in this area will reach as many people as possible like shouting "Yo-ho!" from the top of Mt. Ena.


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