恵那山のふもとからの寄稿  第三巻

寄稿

農舎オガッサ 小板和由

兼業農家をしています。簡単に言うと半分趣味の農家です。最初は毎日食べるごはん、味噌、醤油を、原料から自給したいと思いつきまして、米、大豆、大麦、小麦などを育てています。せっかくならと、農薬、除草剤、化成肥料、畜産堆肥は使わず、微生物や虫や動物たちと共生し、生命が豊かに循環していくような農法で作物を育てています。

  自給ぶんより多く採れた作物の販売をはじめようと、屋号を「農舎オガッサ」にしました。「農舎(のうや)」は、収穫した農作物を処理、加工する小屋のことです。「オガッサ」は、私の生まれ住んでいる大井町岡瀬沢(おかせざわ)という集落のことを、ご年配方が早口で言うと「オガッサ」と聞こえるところから名付けました。

 冬は味噌を仕込んでいます。最初は自給のために味噌を仕込んでいたんですが、もともと実家にあった大きな羽釜で大豆を煮て作っていたので、一回の出来上がりで六十キログラム近く出来てしまうこともありまして、だんだんと仲間内で一回に三、四家族が集まって作るようになっていったわけです。これが徐々に広まって今では一冬で四百キログラム近くの味噌を仕込むようになっています。みんなで協力して作るので現代の「結(ゆい)」感覚です。そう、この冊子のタイトルと思いは同じです。これを私は仲間と同じ釜で作る味噌なので「おなかま味噌」と呼んでいます。まぁダジャレですが。

 体験会などでは、家族が一年間使う食料をガチで作るぞ!っていう集まりで、こういうノリが自分には合っていてとても気に入っています。ちなみに、今すでに生産量は限界に近いこともあり、もしご要望がありましてもお受けできませんので、その点はお含みおきください。

 話は変わりますが、今年目論んでいることは、まず家の敷地の一角に小屋を建てて保健所の認可を受け、そこで週末に豆腐を作って近隣のマルシェとかで販売出来たらなァと日々妄想(皮算用)して居る次第です。どうして豆腐なのか?といいますと、純粋に好物だからです。根本には自分で作った大豆の豆腐を毎日でも食べたいという念から。そして思いついた製法が、大豆を石臼で摺り潰し、薪釜で炊き、人力で搾って、手寄せするという、現代社会の求める生産性や効率性とは真逆な、莫迦(ばか)か酔狂のする事ですが、これもまァ半分趣味なんで。

 味噌でも豆腐でもそうなんですが、竈門(かまど)で煮炊きするのがやたら好きなんですね。前世(先祖?)はきっと宿場の飯炊き男だった気がしてます。飯炊き男と言えば竈門の前で口を尖らせて息を吹いている「ひょっとこ」は漢字で「火男」と書きまして、火の神とも言われてます。自分もそんな火の神にあやかって、竈門を自由自在に操れたら素敵だなと思っています。

wenayui は恵那、中津川に移住定住して下さった人々のなりわいに感謝したい、応援したいというおもいがあります。また、ここで産まれた人々、今は他の土地に根差し活躍している人々の紹介。スタートアップでこれからこんなことしていきたい!応援して欲しい!熱いおもいを伝える人々の場所としたいとスタートしました。 そんな私たちも応援して頂いています。この循環が大きくなってこの土地が豊かになりますように。次のクールの支援も始めました。シェアして頂けたら嬉しいです。

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