立夏 | 2026 春の山菜

二十四節氣

立夏

光を編み、影に憩う ── 万緑の始まりです。

立夏を迎え、緑の密度が変わりました。 山全体がエネルギーの塊となり、押し寄せてくるような圧倒的な緑。これを「万緑(ばんりょく)」と呼びます。太陽が高く昇り、日差しがその鋭さを増すことで、木漏れ日が広がっています。立夏の光は、影との境界線をくっきりと描き出す。そんな季節の移ろいを感じます。

お皿の上に「森」を編む ──

足元の土からは、冬の間に蓄えられた大地の力が噴き出しています。立夏を迎えた森の恵みは、春先の柔らかなものから、少しずつ野性味を帯びた心地よい「苦味」へと変化します。古来、私たちはこの苦味を、巡る季節に合わせて身体を整える処方箋として受け取ってきました。深く根を張る恵那の土が育てた、いのちの味です。

しかし、森はただそこにあるだけでは、この恵みをもたらしてはくれません。人が入り、下草を刈り、光を入れ、風を通す。土にまみれ、森の呼吸に寄り添い続ける人々の営みがあって初めて、山は極上のひとしずくを返してくれます。

茶の湯に「市中の山居(しちゅうのさんきょ)」という言葉があります。まちの喧騒のなかに暮らしながら、心に深山の静寂を抱くこと。空間としての見立てだけでなく、精神のあり方をも指すこの言葉は、今を生きる私たちの暮らしの美学でもあります。

泥にまみれて摘み取られた野性味あふれる山菜たちが、研ぎ澄まされた一皿へと姿を変える。舌に響く青さと微かな苦味の中に、吹き抜ける山の風を感じ、揺れる木漏れ日を見る。遠く離れたまちのテーブルにいながら、それぞれの個性をひとくち味わうごとに、心は深い森の奥へと誘われていく。お皿の上に編み込まれた小さな森は、言葉を持たずして、私たちが本当に還るべき「静かでゆるぎない豊かさ」をそっと教えてくれるはずです。一株の山菜の背後で巡り続ける、森の時間。それは、恵那山のふもとが持つ真の美しさを、分かち合うということなのだと思いました。




Rikka (Beginning of Summer)

With the arrival of Rikka (Beginning of Summer), the entire mountain becomes a mass of energy, overwhelmed by an immense expanse of green. This is called “Banryoku” (vast green). As the sun rises higher and its rays become sharper, dappled sunlight spreads across the trees.

Weaving a “Forest” on a Plate ──

From the soil beneath our feet, the earth’s energy, accumulated during winter, erupts. The blessings of the forest upon Rikka gradually change from the softness of early spring to a pleasant, slightly wild “bitterness.” Since ancient times, we have accepted this bitterness as a prescription for adjusting our bodies in accordance with the changing seasons.

In the tea ceremony, there is a phrase, “Shichū no Sankyo” (mountain dwelling in the city). It refers to living amidst the hustle and bustle of the city while harboring the tranquility of the deep mountains in one’s heart. This phrase, which refers not only to a spatial representation but also to a state of mind, is an aesthetic of our lives in the present.

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